自分のこと

vsおかん

こんにちは。

今日は『母親との葛藤』について書いていきます。

私はかなり母親の影響を受けていると思います。

これまでの人生を考えても、母親の考えに左右されていることは否めません。

マザコンではない

ですが、自分の中では『マザコン』ではない!と思っています。

逆に反発してきたつもりです。

会社員を辞めて、占い師として独立するということも、かなり反対されました。

「実家の敷居はまたがせへん!」と勘当レベルでした(^_^;)

まるで詐欺師扱いです。おかんの中では❝定年まで会社勤めして定年後は年金もらって❞というのが普通の生き方というのが強いです。

私がそうじゃない生き方もあると説明しても平行線でした。

「私の言う通りにしとったらええねんっ!」と怒りはおさまりません。

しばらく実家から遠ざかることに

 

昔はどうだったのか?

これまでの自分の人生を振り返ってみたいと思います。

しつけが厳しいおかん

私は独りっ子です。おかんは厳しかったです。逆に父親は自分に無関心かと感じるほど何も言いませんでした。

おかんからは何度もビンタされました。

小学生までは漫画も見せてもらえず、もちろんTVゲームも買ってもらえませんでした。

ちょうどファミコンが世に出た時代なので、友達との話題についていけず、つらかった思い出があります。

中学生で漫画が解禁になり、反動で活字を読まなくなりました。

ゲームは、「パソコン使うならええで。」とのことで、中古のパソコンであまり面白くないゲームをやってました(マリオやドラクエがやりたい!)。

高校生でTVゲームが解禁になり、反動で寝る間も惜しんでファイナルファンタジーをやってました。

大学を卒業しても就職しませんでした。4回生の間、『サラリーマンにはならんっ!』といっさい就職活動をしませんでした。

家でフラフラしていると、おかんに「働かんなら出てけ!」と言われアルバイトを始めました。

そのバイトを1年半くらいやりました。

それからおかんに「いつまでフリーターやっとんねん!正社員の仕事せえへんなら出てけっ!」と言われ、そこから就職活動を始めました。

運良く雇ってもらった会社で20年営業をやり、独立するまで勤めていました。

そんな私もおかんに反発して、実家を出て独り暮らしを始めました。

独り暮らしは、飯も風呂も自分のタイミングでできたので、『なんと自由なんや』と独り暮らしを謳歌してました。

マザコンと知る

しかし、自分で全て家事もするようになり、おかんの有難みというのはわかってきました。

独り暮らしの部屋にいると、飯も出てこないし、服も汚れたままです。

社員として働き出してからも「貯金せぇ、保険入れ」など言われ、最初は反対しながらもおかんのうるささに負けて言う通りにしてました。

なんだかんだ言ってても結局おかんの言う通りにして良かったと思うことが多かったです。

とくに定期預金組んだことに関しては、月末支払い時に何度助けられたことか…

生命保険に関しても後々助けられることに…

いろいろ思い出してみると、小学生のころ本をたくさん読まされたことにより、国語が得意になり、今もこうやってブログを書いています。基本書くことは好きです。

大学を卒業してからも、おかんにきつく言われなければニートのままだったかも…

う~ん…おかんにはおかんなりの考えがあったのか…

和解

若い頃は、『おかんは世間体ばかり気にしていて、自分の考えをおしつけてるだけや。』と思っていました。

最近は『俺のこと考えて言ってくれてたんやな。』と思えるようになってきました。

なので、最近は反発するだけでなく、おかん目線で考えることもしています。

別に「ママ~」とか言って甘えなくても、おかんの言う通りにしてる時点で『マザコン』なのかなとも思ってます。

 

そんなことを考え出してから、父親が心筋梗塞で救急車で運ばれることがありました。

急遽実家に帰って、おかんとも話すことができました。

父親が退院してから、さすがのおかんも弱気になったのか「戻ってこい。」と言われました。占いの活動も認められることに。

そんなおかんの変化に驚いています。

そんなおかんの変化を受け入れ、2月より実家に帰ることにしました。

いずれは戻るつもりでしたが、おかんの許しも得て、父親のこともあり実家に帰ります。

実家に戻って、占いの活動をするにあたって、おかんとぶつかることもあるでしょう。

おかんの考えも受け入れ、自分の生き方も模索していきたいと思っています。

水のように逆らわず、カタチを変えて流れ行く…

水は地形で流れを変えますが、地形を変えていきます。

水の境地で

 

これからはvsおかんではなく

withおかんです。