こんにちは。
前回、平等と不平等について書きました。

世界は不平等 平等を求めてはいけない 不平等のままでいい
こんにちは。
今日は平等と不平等について。このふたつを上げると平等のほうがよく聞こえます。何事も平等を目指しますよ...
今回は自由と不自由について。前回に引き続き、呪術廻戦の伏黒恵から考えていきます。
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出典 『呪術廻戦』芥見下々 コミックス7巻より
前回の記事で、不平等のままでいいとお伝えしました。世界は不平等なので、自身の行動も不平等と思えてもそれでいいと。それしかないと。
呪術廻戦の伏黒恵は、「不平等に人を助ける」と言いながらも、まわりとの調和を考えています。五条先生に、京都校との野球で、送りバントをしたことを指摘されます。伏黒恵は自分がアウトになってもチームメイトが進塁することを選択しました。その犠牲心があることで、本気を出せてないと教えられます。犠牲心、貢献心が悪いと言っているのではありません。伏黒恵にとっては、その心が本気を出し切る枷になっているのです。まず自分が本気を出し切って、そのうえでバランスを考えればいいでしょう。自分が本気を出し切っている状態のほうが、相手や周囲のためになることも多いはずです。
私の空手での経験でいうと、試合やスパーリングの時に本気でやらないと相手に失礼に当たります。自分にも相手にも為になりません。仕事や恋愛においても本気でぶつからないと得ることは少ないです。
本気を出すには、上記のコマの伏黒のように自由にやらないといけません。欲張らないといけません。まわりに合わせようなど考えている余裕はありません。
不平等だろうが、空気読めないやつと言われようが、自由にやればいいんです。